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東京地方裁判所 昭和34年(行)67号 判決

原告 樋渡正人

被告 東京都知事 外一名

主文

原告の被告東京都知事に対する訴は、これを却下する。

原告の被告江上昇に対する請求は、これを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「東京都港区麻布新広尾町一丁目一二〇番地のうち別紙図面記載第一三二番の土地二六坪七合七勺について被告東京都知事が昭和三三年一二月一五日被告江上昇に対してした分譲行為は無効であることを確認する。被告江上昇は原告に対し、右土地を明渡すべし。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

(一)  東京都港区麻布新広尾町一丁目一二〇番地のうち、別紙図面記載の第一一三番ないし第一四七番の土地は、訴外東京都の所有に属していたところ、被告東京都知事(以下被告知事という)は、東京都都有財産条例、東京都営住宅分譲条例、東京都住宅分譲条例施行細則に基き、右土地を縁故者に分譲することとし、昭和三三年一二月一五日指名競争入札に付した。原告はもと右土地に居住しており、戦争中強制疎開を命ぜられたものであるから、早速右土地のうち第一三二番(二六坪七合七勺)の土地(以下本件土地という)の分譲を希望し、入札に参加したところ、被告江上が本件土地を落札し、被告知事は同日被告江上に対し金一、二〇四、六五〇円をもつて分譲した(以下本件分譲行為という)。

(二)  東京都都有財産条例第三一条但書は、特殊の場合における雑種財産の売払につき指名入札という特別な方法を採用しており、かかる指名入札の場合においては、入札に参加すべき資格を有する者を決定し、さらにこれを入札に参加せしめるという特段の行為を必要とするものであるから、この場合における参加資格者の決定及びこれに対する入札参加通知はいずれも行政処分と解すべく、また東京都営住宅分譲条例第三条及び東京都住宅分譲条例施行細則第六条第二号は、被分譲資格を規定し、東京都営住宅分譲条例第四条は分譲申請書提出義務を課しているから、右分譲条例に基く分譲行為も同様に行政処分と解すべきである。従つて、これらの各条例ないし施行細則の規定に基いてなされた本件分譲行為も、もとより一の行政処分たるを失わない。

(三)  しかるところ、本件分譲行為は次の理由により違法な行政処分である。すなわち、東京都営住宅分譲条例第三条第一号、第三号の趣旨から、被分譲者は本件土地に現に居住しているが、又はかつて居住したことがある者に限られると解すべきところ、被告江上にはかかる事実はなく、又東京都住宅分譲条例施行細則第六条第二号よれば、「本人又は家族が都内に住宅を所有しない」場合に限られるにも拘らず、被告江上はすでに昭和三二年一二月二日東京都港区麻布新広尾町三丁目八三番地に居宅(建坪一六坪二合五勺)を所有するから、右は被分譲資格のない者に対してなされた分譲行為といわねばならない。のみならず、被告江上は東京都営住宅分譲条例第四条に基き、分譲を受くるに際し、分譲申請書を被告知事宛提出せねばならぬところ、被告知事は右申請書の提出がないのにこれを看過し分譲しているから、右処分はこの点においても違法といわねばならず、いずれにしても本件分譲行為は無効である。

よつて被告知事に対しては、本件分譲行為が無効であることの確認を求める。

(四)  そして本件土地について指名競争入札をした者は、原告と被告江上の二名だけであるから、被告江上に対する本件分譲行為が無効である以上、原告は当然本件土地の所有権を取得するというべきである。よつて被告江上に対しては所有権に基きその明渡しを求める。

二、被告知事指定代理人は本案前の申立として、主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、原告の主張する本件分譲行為は以下に述べるように行政処分ではないから、これが行政処分であることを前提として被告知事に対してその無効確認を求める訴はこの点において不適法である。すなわち、訴外東京都は区画整理事業の用に供する目的で本件土地を買収したが、昭和三〇年四月右事業計画の変更により、右土地が不用となつたので、これを入札の方法により売却することとした。よつて昭和三三年一二月一五日入札に付したところ、原告と被告江上がそれぞれ本件土地に入札をしたが、原告は入札金額を記載しなかつたので、被告江上が落札するに至つたものである。右のとおり訴外東京都は、その雑種財産である本件土地を単に入札という方法をもつて売買したものに過ぎないのであり、右売買は私法行為であつて、被告知事のした行政処分でないことは明らかである、と述べた。

三、被告江上訴訟代理人は、主文第二項と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の一の(一)の事実のうち、本件土地が訴外東京都の所有に属していたこと、原告が右土地の附近に居住していたこと、右土地の分譲に際し、原告と被告江上が入札に参加し、被告江上が原告主張のとおり落札し、本件土地の分譲を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

原告主張の一の(二)(三)(四)は争う。本件分譲行為は、訴外東京都と被告江上との私法上の売買であり、原告が本件土地の所有権を取得することはありえない、と述べた。

四、(証拠省略)

理由

一、被告東京都知事に対する訴について、

被告知事は、本件分譲行為は私法行為であり、行政庁の処分に該当しないから本訴は不適法であると主張するので判断する。東京都都有財産条例に基き、都有財産は行政財産(公用財産、公共用財産、公営企業用財産)と普通財産(基本財産、積立金款等、雑種財産)とに分別せられ(同条例第三条)、本件土地は右普通財産中の雑種財産に属するものであるが、普通財産は、一定の行政目的に供せられる行政財産(それ故原則として処分、私権の設定は禁止される、同条例一二条)とは異なり、主として東京都が財産権の主体として管理処分する収益財産であるから、その管理、処分は都が私人と同様の立場に立つて行う経済的取引行為であり、本来私法規定の適用を受けるべきものである。本件分譲行為は同条例第三一条以下の雑種財産の売払に該当するものであるが、同条例及び同条例施行規則の各規定をみても、右売払の手続が都の公権力の行使として行われることを窺わしめるような規定は存在しない。かえつて、同条例、同条例施行規則は、雑種財産の売払方法は、一般又は指名競争入札、随意契約の方法によること(条例第三一条)、落札後売買契約を締結することを前提としていること(規則第二八条、第二九条)、更に売払代金延納の特約(条例第三四条)、売払契約の解除(条例第三七条)等について規定しているから、雑種財産の売払は行政権の主体と売払の相手方との権力服従関係に基くものではなく、当該財産権の主体たる都が売払の相手方と対等の地位に立つて、双方の意思の合致により成立する私法上の契約であり、その性質はなんら私人間の売買と異るものではないと解すべきことは明らかである。

もつとも右条例によれば、売払を受ける相手方が限定されることもあり(第三一条但書)売払価格の決定方法も規定され(第三二条)、用途を指定して売払つた場合は、売買完了後も都は目的物の使用につき監督権を行使し、一定の事由が生じたとき都は契約を解除することができる(第三七条第二号)旨規定されている点において雑種財産の売払については、一般私法上の売買契約と多少の相違のあることは否定し得ないが、これらの規定はもともと都有財産の公共的性格から、都が当該財産権の主体たるとともに契約の当事者として当然に有する相手方選択の自由、価格決定方式の自由等を自ら制限することにより管理者の恣意を抑制し、売払の適正、公平を確保し、ひいては住民の利益を擁護するための措置にほかならず、かかる制約があるからといつて、前記売払行為の性質を別異に考えなければならないものではない。

原告の主張する縁故者の決定(即ち入札参加資格者の決定)、入札参加資格者に対する入札参加通知は、いずれも売買契約締結に至るまでの手続上の行為にすぎず、それ自体公定力をもつて一方的に入札参加資格の有無を決定し、又は被通知者に入札参加義務を生ぜしめるものではないから、行政処分と解する余地はなく、又本件売払が東京都営住宅分譲条例の適用を受けるものであるかどうかは疑わしいが、仮りに適用されるとしても、被分譲資格の限定(同条例第三条)はさきの東京都都有財産条例第三一条但書による指名入札による売払の場合におけると同様、売払の適正をはかるための制約にすぎず、又分譲申請書の提出(同条例第四条)は、売払事務を円滑に処理するための措置にすぎず、かかる規定があるからといつて、売払が公権力の一方的発動としてなされるものと解する余地はない。

又東京都住宅分譲条例施行細則第六条は、「住宅」の分譲について規定するのみで、本件土地の売払に適用されるとは認められないのみならず、同条における被分譲資格の限定も、同条例に基く分譲を行政処分と解せしめる根拠となるものではない。

そうだとすれば、本件売払行為は、訴外東京都と被告江上との私法上の売買と解すべきであり、右行為を被告知事のした行政処分とし被告知事をその処分をした行政庁とする前提の下に右知事に対してその無効確認を求める本訴請求はすでにこの点において不適法といわなければならない。

二、被告江上に対する訴について

本件土地が訴外東京都の所有に属していたこと、本件土地の分譲に際し、原告と被告江上が入札に参加し、被告江上が右土地を落札し、分譲を受けたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件分譲行為が無効である以上、それによつて当然原告が本件土地の所有権を取得すると主張する。しかしながら、本件土地の売払は訴外東京都と被告江上の私法上の売買と解すべきこと前認定のとおりであるから、仮りに右売買契約が無効もしくは不成立であつたとしても、原告と訴外東京都との間で売買契約が成立しない限り、原告がその所有者となりえないことは当然である。

都が当事者となり売買契約を競争入札の方法によつて締結する場合、入札公告を契約の申込、入札を承諾と解するが、又この段階では売買の予約が成立するにすぎないと解するかは問題であるが、いずれにせよ原告は入札したけれども落札できなかつたというのみであるから、都との間に売買契約又は予約に必要な意思表示の合致がなかつたことは明らかである。従つて原告の右入札により原告と都との間に売買契約が成立する余地はなく、原告が本件土地の所有権を取得することはありえないといわねばならない。よつて原告の右主張はこの点において理由がない。

そして原告は、本件土地所有権の取得原因について、その他になんら主張立証をしないから、原告の被告江上に対する本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中村治朗 時岡泰)

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